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【読了】『「蛮社の獄」のすべて』


【読了】
『「蛮社の獄」のすべて』田中弘之 著
今日まで広く普及している蛮社の獄の通説から一歩踏み込んで考察を行った名著。

【蛮社の獄の一般的なイメージ】
明治の自由民権運動家だった藤田茂吉による『文明東漸史』による。彼は高野長英 が獄中で執筆した『蛮社遭厄小記』『わすれがたみ』を参考として執筆した。
これは高野長英の主観による手記であること、また、高野長英を自由民権運動の先駆とみなしてとして扱い、ここから今日のイメージが出来上がった様子。
すなわち、明確な善と悪であう国家の行く末を憂慮する知識人の集まりである尚歯会を当時から蛇蝎のごとく嫌われていた幕府目付鳥居耀蔵が大弾圧を行った、という流れがあった。

【被害者の実態】
渡辺崋山、高野長英、プラス、無人島渡海を企図した僧侶、町民 10 名弱 (うち 4 名獄死 (おそらくは拷問死))。
あと間接的にだが、類が及ぶのではと心配して自殺した小関三英や、鳥居耀蔵の告発に疑問を持った故にか不審死した北町奉行。

【幕府の目的】
水野忠邦、鳥居耀蔵らの目的は鎖国強化の延長による幕府の権威の維持、あるいは回復。
外洋からちょこちょこアクセスしてくるようになった夷狄に対して、尚歯会のように海外への憧憬や開国への希望、漁民のように海上で普通に交流を持ったりするなど人心の緩みにタガを打つため、見せしめとして渡辺崋山と (そもそも日本領である) 無人島渡海を企図したグループをまとめて (無実の罪で) 断罪した。

渡辺崋山と無人島渡海を企図したグループに関わりはなかったが、罪状としては渡辺崋山が渡海の首魁となっている。
水野忠邦としては渡辺崋山がターゲットになっていたようだが、何故か鳥居耀蔵が無人島渡海をくっつけて大事件に仕立てた。

【鳥居耀蔵】
幕府への高い忠誠心、ともすれば幕府の害になるものを強烈に除去しようとする思考と、敵とみなした相手を徹底的に時に詐術を用いてまで追い詰める性格が相まって当時から悪名高かった。南町奉行だった矢部定謙を憤死にまで追いやったイメージが有る。

【幕府の高官】
みんなその時代を生きてる普通の人。岩瀬忠震も鳥居耀蔵も忠誠心の強いサラリーマンで幕府の方針に忠実に従っている官僚。
鳥居耀蔵は目的のために手段を厭わなかったが。
もし岩瀬忠震が鎖国強化の指示を受けていたら程度の差はあれ開国へは傾かなかったと想像される。

【意外だったこと】
江川太郎左衛門英龍 (パン祖) が終生徹底した海防論者で開国・交易説と相入れなかったとは意外。
とても開明的なイメージがあって爆裂弾や植林や国内でのパンの作成、反射炉の構築、お台場建築など大活躍していたけれど、結局はこの人も幕府への高い忠誠心に縛られていたのかもしれない。

【感想】
これまで定着していた、幕府が蛮学を敵視し開明的な学問グループである尚歯会に大弾圧を加えたってイメージだった。
でも、幕府高官はサラリーマンとして (鳥居耀蔵は自分の裁量を思いっきり持ち込んだけど) 指示に忠実に従い海外からの変化を受け入れなかったし、たまたま海外に強い憧憬を持っていた渡辺崋山が生贄にされてしまった。その他の庶民はとんだとばっちり。
ヒーローも敵ボスも存在しなかった。

【その他】
著者は小笠原諸島史研究の調査をしている延長でこの本を書いたとの事なので他の著書も読んでみたい。
特に母島は戦前から戦後にかけて日本人も欧米人もいない時期があったりしたことを島民から聞いたのだけどその辺を詳しく知りたい。